
ひとりのダンサーが敬愛するチャップリンに啓示をうけたかのように、徐々にチャップリンに変身していく。様々な人物がチャップリンについて語る。 彼は偉大なコメディアンであり、ダンサーなのだと。さあ、チャップリンの世界へ。

酒場で出逢った女に一目惚れしたチャップリン。客の大男とその女を巡って争うが、思いは実らず傷心となる。たったひとり、雪のなかを彷徨い歩いていたところ、一軒の山小屋にたどり着く。 そこで眠りに落ちたチャップリンが見た夢は、酒場で出逢った女性の夢と、空腹のチャップリンにですら食べきれないほど山盛りのスパゲッティの夢であった。映画『黄金狂時代』の世界観が凝縮された作品である。

チャップリン映画でお馴染みの、真面目だけれどまぬけな警官たちがコミカルにあっちへこっちへ公園中を駆け回る。周防監督はプティの意見を押し切って、この踊りを緑鮮やかな公園で撮影した。

チャップリンが椅子を使って軽やかに踊る。チャップリン映画初めてのトーキー(※)作品であり、チャップリン自身の歌声が披露された映画『モダン・タイムス』。
プティは、リズミカルなステップで映画の世界を表現した。
※「トーキー」・・・映像と音声が合わさった映画のこと⇔サイレント映画。

アップテンポなリズムにのって、一見男のような大女とチャップリンの息が合っているような、合っていないようなコミカルなパ・ド・ドゥ(※)。
映画『犬の生活』で、チャップリンが大女に振り回されながら踊るワルツが連想させられる。
※ 「パ・ド・ドゥ」・・・二人の踊りのこと。

冬の夜、貧しいために外套がなく、凍えているチャップリンの前に突如現れた持ち主のわからない温かい外套。
意思を持っているかのように舞う外套と謎めいた女。チャップリンと外套と女の不思議なパ・ド・トロヮ(※)である。
※ 「パ・パ・ド・トロヮ」・・・三人の踊りのこと。

白いチュチュ(※)をきたバレリーナが、まるで宙を飛んでいるかのように踊る。
映画『ライムライト』のヒロイン、テリーを想起させるのはもちろんだが、これこそがチャップリンが愛し、プティが愛した“バレリーナ”そのものではないだろうか。
※ 「チュチュ」・・・バレエの衣裳、バレリーナが着用するスカート。

チャップリンが首にチュチュを、手にトゥ・シューズを履いて、腕をバレリーナの足のように見立てて踊る。 映画『黄金狂時代』で、チャップリンがパンにフォークを刺し、足に見立ててコミカルに踊るシーンを想起せずにはおれないが、 それは同時に映画『ライムライト』の主人公である老コメディアン、カルベロの姿にも重なって、短い踊りの中に『ライムライト』の世界が見事に表現されている。

チャップリン映画でお馴染みの、真面目だけれどまぬけな警官たちが悪事を探して公園中を駆け巡る。リーダー格の警官も登場するものの、やはりどこかぬけた警官たちの踊りである。

盗みをはたらこうとした少年とチャップリンが出会う。少年が少しずつチャップリンに心を開き、信頼関係が築きあげられていく。 映画『キッド』で他人であるはずの子供とチャップリンが親子のような関係を築きあげていくことへの感動が甦る作品である。

花を売る盲目の娘に出逢ったチャップリン。娘を愛したチャップリンと、盲目の娘の愛のパ・ド・ドゥが始まる。 広くて美しい世界を娘に見せたいというチャップリンの思い、盲目の世界で生きる娘が愛するチャップリンを探し求めついていく、 心の中で二人はしっかりとつながりあう。またこの作品は、第一幕の冒頭で、草刈とルイジが“最も重要なパート”として念入りに稽古を行っている作品である。

スクリーンの中にチャップリンの影がひとりずつ増えていく。 ライトがつくと、アップテンポな音楽にあわせて陽気に踊る6人のチャップリンたちがいる。フィナーレへ向けて、踊りとともに観客の気持ちも徐々に高まっていく。

道化としてのチャップリンが何かを決意したかのように、チャップリンからひとりのダンサーに戻っていく。 光に導かれて振り返ったダンサーの後ろには、一本道が長く続いている。『モダン・タイムス』など、チャップリン映画のラストで描かれてきた一本道。チャップリンの世界から現実の世界に戻っていく。
