チャップリン

ローラン・プティ氏振付の映画『ダンシング・チャップリン』

フランスを代表する振付師のローラン・プティの振付で1991年に初演『ダンシング・チャップリン』で主演したのはバレエダンサーのルイジ・ボニーノです。ローラン・プティ作品では主要な役で踊っているのは、ローラン・プティからの厚い信頼があればこそ。そして1991年の『ダンシング・チャップリン』の舞台を映像化したいと動いたのが、『Shall we ダンス?』の周防正行監督です。そして周防監督の奥さんでバレリーナの草刈民代さんが36年間のバレエ人生の集大成としてラストダンスとして踊った作品が、2011年4月16日公開の映画【ダンシング・チャップリン】です。そうです!チャップリンの誕生日4月16日に公開されました。

映画の『ダンシング・チャップリン』

『ダンシング・チャップリン』は第一幕と大に巻くに分かれています。そして映画を観ているのに、舞台を観ているような錯覚になります。第ニ幕の間には幕間が入っているのが、その理由です。第一幕では舞台の『ダンシング・チャップリン』を映像化したいという周防監督が、舞台を映画化したいという企画を持ってローレン・プティ振付師のところへイタリアそしてスイスと訪れます。

映画の構成

劇場作品の『ダンシング・チャップリン』を映像化して残そうという企画で、映画の構想を熱心に語ります。おぉ素晴らしい!それは斬新なアイデアだ~!という話の流れにはならずに、なかなかOKといわない振付師のプティは、周防監督の企画に渋い顔です。振付師のプティ氏は舞台に強いこだわりをもっているので「私にとって映画化する意味がない。」と冷たい言葉でピシャリと断わり場が凍りますが、そんな第一幕は映画のメイキングになっています。

そして第二幕では、舞台作品の『ダンシング・チャップリン』の1幕13場にぐぐぐっと絞って、さらに舞台作品から映像化するために再構築して演出されたバレエ作品になっています。振付師のプティが喜劇王のチャールズ・チャップリンを題材にした舞台で演じられたオリジナルのバレエ作品が、映像でも見事にそしてダイナミックにおさめられています。舞台『ダンシング・チャップリン』を初演から演じ続けてきたバレエダンサーのルイジ・ボニーノとの繋がりと信頼こそがあったからこそ、出来上がった作品が映画『ダンシング・チャップリン』です。

集大成

この映画の企画そして構成をしたのは周防正行監督です。舞台の「ダンシング・チャップリン」で主演しているルイジ・ボニーノさんとダブル主演しているのが草刈民代さんです。草刈民代さんがバレエ人生36年の集大成として踊っていますが、ラストダンスを見事に映像として残した周防監督の深い愛情そしてバレリーナとしての草刈民代さんをリスペクトしていることが伺える素晴らしい作品になっています。

もちろんそれだけではなく、ルイジ・ボニーノさんという素晴らしいダンサーであり彼の代表作品でもある「チャップリンと踊ろう」(Charlot Danse avec Nous)という素晴らしい舞台、そしてその振付をしたローレン・プティの作品を残しておきたいという思いが伺えます。2011年7月10日に振付師ローレン・プティさんがお亡くなりになりました。生前のローレン・プティさんが情熱を傾けるバレエへの思いそしてプティさんの仕事ぶりと、ダンスへの並々ならぬ思いなども、この作品で見ることができるというのも大変喜ばしくそして嬉しいことです。

20世紀を代表する偉大な芸術家で、バレエ界を牽引してたローレン・プティは多くのバレエダンサーが大きな影響を受けた方です。としてもちろんバレエダンサーだけではなく多くの芸術家たちも影響を受けてきました。20世紀初頭の今も語り継がれるバレエダンサーのニジンスキーは、驚異的な跳躍と伝説になっていますが残念なことにニジンスキーのバレエは映像に残っていないので、どんなに観たいと思っても私たちは観ることが叶いません。『ダンシング・チャップリン』はローテン・プティという偉大な振付師が残した作品を、映像を通して目にすることができるのは素晴らしいことです。

バレエ作品を損なわずに映像化する

舞台で主演を踊っているルイジ・ボニーノさんは俳優ではなくバレエダンサーです。そして草刈民代さんも映画の撮影時はバレリーナです。バレエを扱っている作品はこの作品以外にもありますが、現役のバレエダンサーでもあるルイジ・ボニーノさんは「通しで踊れるのは2回だけ。」ということを言われているので、バレエを撮影する現場はとても張りつめた現場の雰囲気での撮影になりました。

通常の映画の撮影ならば、何回でもやり直しで撮影することができます。バレエの舞台の場合に出演者つまりバレエダンサーは本番にピークになるように、身体を作り上げていくのはもちろんのこと心も本番にピークをもっていきます。心身ともに最高の状態に持って行くことに、ものすごい集中で本番の時間にあわせてピークに持っていくからこそルイジ・ボニーノさんが言ったように「通しで踊るのは2回まで。」ということになるのでしょう。

草刈民代さんは「映像は残る」という別の怖さを指摘されていました。舞台で一瞬のミスをしても、舞台ならばミスはミスでありながらもそのままになります。ましてやトップレベルのバレエになれば、たとえミスがあったとしてもリカバリーでミスをミスだと気づかれないようにして舞台は進んでいきます。

ところが映像の場合は、ミスがそのまま残ってしまうという面があります。そしてこの映画はバレエ作品です。主演のルイジ・ボニーノさんが映画の撮影に入る早い段階から「通しで踊るのは2回まで」と言っている通りあっミスをした・・と思っても、通しで踊るのは2回となっているのですべての神経を研ぎ澄ませて2回のバレエに集中してやり遂げなくてはいけないという、バレエダンサーにとっても通常の舞台とはまた違った強い緊張感があったことでしょう。

ステージの開始つまり撮影の開始は、通常の映画の撮影のように不規則な時間ではなくスタート時間をあらかじめ事前に決めての撮影となりました。不規則な時間では踊れないというのも、バレエダンサーからすれば至極当然のことで劇場で踊るように、不規則な時間ではなくスタート時間を決めて、バレエダンサーはスタート時間に身体を仕上げるようにコンディションを作っていき、撮影するスタッフ側はスタート時間にあわせて準備をする。という撮影スタイルでの撮影となりました。

チャップリン・愛

バレエの振付師ローレン・プティが、喜劇王のチャールズ・チャップリンの映画に捧げた作品として舞台です。そして主演のルイジ・ボニーノの代表作になった作品でもありそしてルイジ・ボニーノしか踊ることの出来ない作品でもあります。そしてチャールズ・チャップリンは映画そのものの黎明期に、たくさんの作品を世に送り出した映画人でもあります。同じ映画人の周防監督が、チャップリンの作品に捧げられたバレエ作品を、再び映像化するという試みも根底にチャップリン・愛があればこそではないでしょうか。

舞台作品の「チャップリンと踊ろう」(Charlot Danse avec Nous)を初演から演じ踊り続けているルイジ・ボニーノの奥さんが、夫のルイジ・ボニーノに「この作品はとてもいい作品だから映画化を考えてみては?!」と話をしたことから、映画化への一歩が始まりました。そしてルイジ・ボニーノさんは妻からの話を受けて、草刈民代さんのことが頭によぎります。一緒にバレエを踊ったこともあるので、この役はピッタリでおまけに夫は映画監督!ということで、ルイジ・ボニーノさんから草刈民代さんへ話がありました。

その話を聞いた草刈民代さんは、バレエ人生の引退を考えていたこともあって周防監督は商業映画にしなくても、記録映画として妻のバレエをしっかりしたもので残しておこうと考えてプロデューサーの元へ話を持っていかれたそうです。草刈民代さんのバレエ人生引退だけではなく、ルイジ・ボニーノさんも60歳という年齢を考えればこそ、この素晴らしい作品をしっかりとした形で残しておきたいと思われたのでしょう。そして喜劇王でもなり映画の王様でもあるチャップリンを題材にしたバレエ作品を、記録映画という形ではなく映画「ダンシング・チャップリン」という作品を作ることになりました。